2008/07/02

カメラの回収

三万六千円という修理代に驚き、ゴネ続けたニコマートの引き取り。痺れを切らした修理工房から催促の電話が入ってしまったのだ。そりゃ三月に完了している仕事が、六月末まで残っているのは具合が悪い。

長年使い続けた一眼レフ。三度も匙を投げられ、半ば意固地になっていた時の修理依頼だった。請求金額を聞いて初めて冷静になったのだ。それだけあれば中古デジタル一眼のボディが買える。

工房は西大井にある。南武線の鹿島田で降り、セブンイレブンでお金を下ろす。そして「なんてケチな奴なんだ」と自分をこきおろしながら、乗り換え駅の新川崎に向かった。

***

「こういう時には風が見えるんだよ」

雨が降りそうに空気が重たい日、ゆっくりと線路の上を流れる風が見えるらしい。

「写真になんか写らないよ。ほら、あそこ」

指差した先にうっすらと、川のうねりのようなものがある。

「ね、見えるでしょ」

***

新川崎のホームはあの日のような重たい空気。もう一度風を見ようと頑張ってみる。

勿論見えない。
あれは彼女の魔法。一緒にいないと見えないのだから。
いま気付いたのではなくて、ずっと知っていたよ。


西大井の駅に程近い工房でカメラを受け取り、数度シャッターを切って動作確認をする。
この音、この反動。ニコンの感触が戻ってきた。

あの頃は常にこのカメラを持ち歩き、何か見つける毎にシャッターを切っていた。フィルムは入れない。高校生はお金がないし、何より撮るだけで安心するのが嫌だった。

画の主役にフォーカスを合わせ、狙った被写体深度の絞りを選ぶ。そして露出計の針を参考に、シャッタースピードを決定する。空射ちでも手は抜かない。フィルムは誤魔化せても、自分の心眼を騙すことはできないのだ。

気に入った作品は大抵空のカメラで撮った。フィルムを外したニコマートは、目に見えないものを鮮明に焼き付ける。

***

「魔法の箱だね、そのカメラ。フィルムがなくても撮れちゃうんだ」

『そう、大事なものを残すには、記録なんて邪魔なんだ』

さっと構えてシャッターを切る。ミラーが跳ね上がる音が心地よい。

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あのときの笑顔もお気に入りの一枚。奥さんには内緒だけどね。

もう時効か(^_^;)


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